第44回 『環境主義』とCO₂温暖化論(5)

(イベント化した夏の気象異常騒ぎ)
日本社会では、ちょっとした気象異常が起こる度に地球温暖化による気候変動だと言い出す始末で、夏に必ず到来する熱波、台風、豪雨の話は、今や気候変動論議における夏の恒例イベントになっている。2018年は7月も8月も、新聞メディアやTV各局のニュースやワイドショーで、このイベントが大々的に開催された。

8月は、二つの台風が日本近辺に近接して、東海以西に膨大な降雨をもたらした。某TV局の朝番組では、コメンテータの一人が、ひと月に8個の台風が連続的に発生しているのは今まで経験していなかった事態だと言い(28日には更に1個増えて9個となった)、元気象庁の幹部という人が、温暖化の影響も出ているとコメントしていた。人々の間では、近年は異常な台風や豪雨が増大しているという認識が浸透しているらしいが、本当はどうなのか。

まず、過去の台風データをチェックしよう。図1は、気象庁HPに掲載された過去の台風資料―各年の台風発生数、から引用して筆者が作成したもので、年間合計、7月~9月合計、8月の発生数推移を表す。

図1 1951年以降における台風の発生数の推移
図1 1951年以降における台風の発生数の推移
http://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/statistics/generation/generation.html

月に8回程度の発生は過去に何度もあったし、1960年、1966年には月10回の記録もある。7月や9月の単独回数も入れれば、月に8回、9回は結構頻繁に起きていた。だから、今年の8月が特に異常とは言えないし、8月までの合計も途中経過として特に多いわけでない。気象庁の元幹部氏はそんなことは承知のはずで、何故その場で事実を言わないのだろう。

21世紀になって、年間推移も7~9月の3ケ月合計も、特に増加しておらず、60年のスパンの中では、どちらかといえば低下傾向にある。従って、コメンテータ氏の心配した異常の兆候も、気象庁幹部の示唆した温暖化の影響も見られない、というのが事実なのだ。

なお、台風の発生数、接近数、上陸数は図2の様に推移しており、CO₂が急増し始めた1950年以降において台風が増大したという証拠は皆無である。

図2 日本および周辺の台風の実績
図2 日本および周辺の台風の実績
気象庁 「異常気象レポート2014」

日本では、20世紀前半にも巨大台風が相次いだ(第25回温度データは正しいか(その1))。図1や図2のように1950年以降に限定せず、20世紀全体の的確なデータが加われば、“近頃、台風が増え強大化している”という風説も消えてなくなるのでないかと、筆者には思えるのだが。

(豪雨の話)
気象庁HPの「災害をもたらした気象事例」に、平成元年から平成30年までの災害事例が整理されている。
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/index_1989.html

これを見れば、毎年必ず、日本のどこかで、大雨・豪雨による災害が起きていることがわかる。昭和の時代も同じ状況だったことはまちがない。2018年7月には西日本各地で大雨・豪雨による災害が起きて、200名を超える人命が失われた。8月末にも前線の影響による大雨や洪水が各所で起きた。

日本社会では、こうした災害が起きるたびに、ここぞとばかりに、気候変動だと危機を煽る話が広がる。何か特別な事態が到来しており、『地球温暖化』の所為でないかと主張するのだ。2017年の状況については第32回CO₂温暖化論の終焉(6)で紹介したが、“数十年ぶりの異常気象”の表現では飽き足らず、あろうことか、500年に1回の異常といったバカな主張も登場したことも紹介した。

本当の所はどうなのか。降水量にかかる気象庁データ図3,4,5を比較して詳細観察すると事の本質がよく見えてくる。

図3は、1日の降水量が100mm以上の日数の推移である。近年、声高に叫ばれる短時間集中降雨の全体指標とも言える。これについて気象庁は、『20世紀初頭の30年間に比べ、最近の30年間は日数で1.2倍に増加しており、地球温暖化の可能性がある』と説明している。

図3 1日の降水量が100mmを越えた日数
図3 1日の降水量が100mmを越えた日数
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/riskmap/heavyrain.html

20世紀初頭の30年と最近の30年の比較で、地球温暖化の可能性があるというのは、偏った判断であって作為を感じる。『地球温暖化』は大気中CO₂濃度の増加によって気温が上がった、という主張なのだから、CO₂が急速増加し始めた1950年以降と、それ以前との比較で増減があったどうかが肝要なはず。気象庁の比較は、ほとんど無意味だ。

図3では、1950年~1960年頃にピークが見られるが気象庁は無視して言及しない。このようにデータを部分的に都合よく使って、自分達の主張を強調するのは、温暖化論者達のいつもの手だが、詐欺といってもいいだろう。筆者には、1910年頃と2000年頃の違いが有意であるようには思えない。

この図に関して、東大名誉教授で気候問題に詳しい渡辺 正氏は、近著『地球温暖化』狂騒曲―社会を壊す空騒ぎ の中(P74)で、『CO₂排出が増加した1940年以降も、IPCC報告書の気温が急上昇した1975年以降も、日数が増加した気配はない』として、『気象庁担当者の心眼には「温暖化との関係」が見えるのか』と皮肉っている。筆者も全く同感だ。

図4、図5は1000箇所の測定点で1時間あたり50mmと80mmの集中降雨があった日数の推移である。近年、短時間異常降雨が増大している、という主張に沿う形で編集されたとおぼしきデータだ。

図4 1時間当たり降水量が50mmを越えた発生回数
図4 1時間当たり降水量が50mmを越えた発生回数
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html

図5 1時間当たり降水量が80mmを越えた発生回数
図5 1時間当たり降水量が80mmを越えた発生回数
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html

朝日新聞2017年7月24日付け朝刊記事、“増える「短時間強雨」”からの引用だが、気象庁は『最近10年間の短時間強雨回数が10年前と比べて増加しており、CO₂増加がこのまま続くと、21世紀末に4.5℃気温上昇し、短時間強雨回数も倍増すると予測される』とコメントした。

赤線の上昇トレンドを前提とした言い分なのだろうが、この説明もおかしい。第一に、筆者には、「最近10年間の短時間強雨回数が10年前と比べて増加している」ようには見えない。
気象庁は、『地球温暖化』の影響が表われていると言いたいのだと推測するが、世界平均気温も日本の平均気温も、21世紀に上昇トレンドは見られない。ならば、この10年とその前の10年の違いは何に由来すると言うのだろうか。ここでも“気象庁担当者の心眼”が働いた結論の様に見える。

「将来CO₂が増大すれば、短時間強雨回数も更に増加する」とあるが、そもそもこの図では、回数の増減がしばしば起こっていることから見ても、CO₂と短時間強雨回数の相関があるとは言えない。
赤線のトレンドには突出した少数の特異点データが寄与しているはずだが、これを除外して考えると違った結論も導出できる。

例えば、図4では、2004年を除けば、2000年以降の15年間で明らかな上昇傾向があったとは見えない。図5でも、1988年を除けば、1998年頃まで低下傾向であり、2000年以降に上昇トレンドがあるように見えない。1998年、1999年の回数が目立つのは、おそらく、20世紀最大のエルニーニョだったことが、寄与しているのだろう。

「21世紀末に、(産業化前と比べて:筆者注)4.5℃気温上昇する」はどうか。現在までに1.2℃程度は上がったことになっているから、これから3℃上昇するとの主張だ。

大気中CO₂濃度は測定開始以来、ひたすら増大を続けているが、世界気温は、21世紀の20年間でほとんど上昇していない。詳細解析すると停滞は1990年代から始まっている、とする見方もある。そんな中で、21世紀末までの残り80年で3℃も上昇するという論拠は何なのか。答えは簡単明瞭。こうした言い分は、都合よくデータをインプットしたコンピュータ・シミュレーションの結果であって、実態との関連性が科学的に検証されたものでない、ということだ。

図3、図4、図5から導出されるまともな結論は、「近年、急激な降雨は増大していない」ということだ。気象庁の言い分とは異なり、これらの図はどう見ても「近年、温暖化で急激な降雨が増加」を否定している。

気象庁は、図6の国内の51ケ所の年降水量の経年変化(1898〜2017年)も公開しており、『1898年の統計開始以降、年ごとの変動が大きくなっています。1920年代半ばまでと1950年代頃に多雨期がみられます。』と説明している。

この図は“最近は『地球温暖化』の影響が出ている”という言い分につながらないためか、気象庁もそっけないコメントしか書いていないが、実はこの図は貴重な情報を提供している。

第一に、年間降雨量は、近年において特に増加したとは言えないこと、第二に、多雨期(20世紀の初めや1950年頃)は、地球規模で気温低下した時期で、少雨期(1920頃から1950年頃、及び、1980年頃から2000年頃)は、地球気温の上昇期だった、ことだ。

温暖化論では“気温が上がれば降水量も増える”が当然視されているが、この図は、それに相反する結果だ。“気温上昇で降水量も増”は、地球全体で考えれば正しいのかもしれないが、ローカルな降雨量は、周辺の広域の気象条件によって大きな影響を受けるので、平均気温との直接的相関が希薄なのだろう。

図6 日本の降水量偏差の推移
図6 日本の降水量偏差の推移
棒グラフは国内51地点での年降水量偏差(基準値に対する偏差mmであらわす)を平均した値、太線(青)は偏差の5年移動平均。基準値は1981〜2010年の30年平均値。
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn_r.html

筆者は、図の右端で、再び多雨期に入ったように見える点に着目している。もし事実ならば何が原因か重要な観点になる。この10年超、太陽黒点数が大変寒かった1800年頃に匹敵するまで大幅低下している。“寒い時は降雨が増える”から連想すれば、世界気温低下が始まっていてその影響が出始めた、と考えるのも突飛な想像ではない。

(言いたい放題、やりたい放題の日本)
米国でも、大きなハリケーンが到来する度に、温暖化論者達が“地球温暖化の兆候であり、将来は更に凶暴なハリケーンが増える”と騒いできた。一方で、米国ではメディア界、科学界、政界に確かな批判勢力が存在しており、専門家や冷静な気象科学者達は、事実を挙げて的確に反論してきた(第33回CO₂温暖化論の終焉(7))。今では、巨大ハリケーンは、20世紀前半にも起きていたことであって、“今が異常”は明らかにウソだったと判っている。

残念ながら日本社会では、政治の世界も産・官・学・メディアも、温暖化一辺倒となっていて、批判勢力がほとんど存在しない異様な状況下にある。チェックが効かないことをいいことにして、温暖化派に席を置けば安心で何をしても、何を言っても許されるという、言いたい放題やりたい放題の社会が出来上がってしまっている。

筆者は、日本社会は、『地球温暖化』という問題を中心にして、概ね、次のような状況下にあるように感じてきた。

国民に対して正しい気象・気候情報を提供する義務がある気象庁は、本報のデータ検証からも判るように、客観的とは言い難い主張を平気で展開する。
気候科学に関わる研究者達は、『地球温暖化』の抑止という馬鹿げた指針に沿うように、超高速コンピュータに勝手なデータを打ち込んでは目的の結果を導き、気候変動が起きていると言いふらす。
メディアは、そんな結果を大げさに報道して、人類社会の危機だと騒ぎまくる。

環境省等の中央官庁の役人達は、『地球温暖化』の抑止と防止のため、という口実のもと税金を無駄遣いして恥じることがない。
経済人達は、環境問題解決という高邁な目標を掲げる裏で、金のなる木には貪欲に食らいつき、分配される税金の確保に余念がない。
政治家達は、温暖化論の意味を理解しているとは思えず、善悪判断の力量に欠け、温暖化派の言いなりに行動してきた。

渡辺 正氏の『地球温暖化』狂騒曲―社会を壊す空騒ぎ、はそんな日本社会に対して、抑制の効いた語り口であるが明瞭に、批判の網をかぶせた鋭い啓蒙書になっていると筆者は考えている。

周囲を海洋に囲まれた日本は、地理的条件も含めて、台風や豪雨の影響を受けやすい。自然の作用であって阻止し難い。CO₂削減などという全く無意味な対策のために、年間で5兆円近いお金が投入されている一方で、被害を最低限に抑制する方策やシステム確立にむけた行動は鈍い。年間5兆円というお金は、こうした2次災害防止に直ちに向けられるべきだろう。そしてメディアは、災害を前にして『地球温暖化』が起きていると愚かな主張を声高にする前に、防災の実態について地道な取材努力をして啓蒙活動すべきだろう。

大気中のCO₂濃度は、今も、ひたすら増大を続けているのに、世界の平均気温は20年間、日本の平均気温にいたっては30年間にわたって、ほとんど気温上昇していない。『地球温暖化』は地球上のどこにも見いだせず、温暖化論者達の心底にのみ存在する現象である、ことを人々は理解すべきだ。




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